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2008.08.02 (Sat)

上海にパワーをもらう

何度も書いてきましたが、上海は汚くてマナーも悪いところです。でも、やっぱり上海はいいですね。他の都市はよく知りませんけど、私は上海が好きです。何がいいって、世界一の経済成長をしているくせに、街が汚く雑然としているし、人が多い上にマナーが悪く、それでもお金持ちもいるしもちろん貧乏な人もたくさんいる。もう本当にごちゃごちゃしているんです。

つまり混沌な状態なんだと思います。その混沌が魅力的なんですね。上昇して行っている最中でも絶えず混沌としている。ゴチャゴチャだけど、みんな前に進もうとして生きている。仕事して食べて寝て起きたらまたがんばる。前に進むためにがんばっている姿がたくさんある。活力が日本とは全く違う。このことは上海にしばらく滞在すればわかると思います。

そういう中でもみくちゃにされて自分たちも前進したいし、そういう姿を見ていると、パワーが入ってくる。ぜんぜん未完成だけど、なにかをやりながら進んでいく。そういう人たちがとても多いように思う。人のことはそうそうかまってられない。みんな愛情も温情もあるけど、些細なことでケンカするし、「チェッ!」っという舌打ちなんかは生活の一部みたいなもんだし、他人にぶつかってもお前が悪いとばかりに相手にひどい言葉を浴びせる。日本だったら、本当のケンカにもなりそうな行為がそこらじゅうで繰り広げられているけど、そういう光景や習慣もいいものだ。

そんな彼らと同じようにはしないし、反面教師にするべき部分は多いけど、いつのまにか「チェッ」と舌打ちしていた自分がいた。面接のときでさえ1回やってしまったくらいで、これはイエローカードものだろう。でも、なんとなく舌打ちの効用がわかってきた感じがしたし、自分は上海にけっこう慣れたのだろうということもあり、嬉しい気もした。中国人は機嫌が悪いから「チェッ」とやるんじゃないんです。考えるときとか、ちょっとした拍子に「チェッ」とね…。いい間の取り道具にもなっているんじゃないでしょうか。テンポというか。日本では普通、舌打ちはダメですけどね。

舌打ちで思い出しましたけど、日本では、舌打ちをされたくらいでカッとなり、見知らぬ相手を殴ったり殺してしまう事件も起きていますね。この前は、タバコの煙を目の前で煙たがられたのに腹を立て、暴行してしまうというアホな事件も起きました。中国でもあることはあるんでしょうけど、日本の場合は、ニュースで見聞きしただけではなく、そういう細かいことにいちいちイライラする人が実際に多い。

相手と自分の因果関係も考えず、相手に非はないのにかなり腹を立てる逆ギレ事件が多いですね。そういう人は少し注意されたくらいで怒ってしまいます。赤の他人に注意されるということは、そういう人たちにとっては、注意されたという事実よりも、注意されるということは自分が下に見られているとか、注意された事を周囲の人に見られ恥をかいたことによる逆上的な怒りでしょう。

近年の短気な若者一般に感じられる傾向としては、自分は上だ、自分のほうが優れているといった相手を格下に見ることです。これは、根拠のない自己評価の高さと実際における経験の裏付けの無い自信に基づくもので、それが心の奥では自分もわかっているだけに、相手に優しさを持って接する余裕がないのではないでしょうか。

何かしたいのにできない(やらない)でいる。自信がないことがわかっているが、相手には悟られたくない。でも、自分は相手よりも下にはなりたくないし、今はやっていないだけだからお前たちよりすごいんだ。特に男性にはこういう気持ちで日々悶々としている人が多いのではないでしょうか。そういう人は自信がある人の目を見て話すことがなかなかできません。対話をせず、都合のいい理由をつけて逃げようとするか、別の手段を用いて勝ったつもりでいようとするでしょう。

日本では負け組勝ち組といった、くだらない言葉が一般語になりつつありますね。何をもってして勝ち負けかは自分で決めることですが、だいたいにおいて、収入や地位、財産の大小などのトータルで勝ち負け度を測っているのが普通でしょう。でも、今の日本の勝ち負け的な風潮はとても疑問ですね。私はこう言いたいです。


何と比べて負けなのか。誰と比べて勝ちなのか。


競争は大事です。でも、自分の人生をについて、そういう表面的なところで勝ち負けを意識している間は、自分の価値観は世間一般の価値観の中に埋没してしまっていると考えて間違いないと思います。井の中よろしく「勝ち組み負け組」の中の蛙状態です。世間と比べ負けているから、勝っているからではなく、どのような状態でも自分のいる場所は自分で決め、自分の生きたい道は自分で決めることが人生で大事なことではないでしょうか。

一つだけ比べていいものがあると思います。それは「過去の自分」です。これは言わなくても誰しもわかっていることでしょう。勝った負けたを意識するのであれば、それは自分と比べるものであり、また、そうすることで自己の成長が図らずとも達成されやすくなるはずです。他と比べるのではなく、自分はどうなのか、自分は成長したのか、数年前の自分と今ではどれだけ進歩したのか。それが、プラス方向に進んでいると感じることができなければ、他と比べて勝った負けたなんていうことは、実際なんの意味もなさないことだと思います。


人民広場駅。東京の新宿駅級?いつもこんな感じです。
人民広場 人の流れ01

日々発展する街のパワーを感じます。
プードン夜景いろいろ
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