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2009.03.17 (Tue)

中国は尊敬される国になれるのか

私は中国人が好きだ。日本人も日本のことも大好きだが、中国人には日本人にない心の温かさなどがある。また、物事をはっきり言うところなどもいいところのひとつだと思う。中国にいれば中国流の礼儀もあるし、接し方も違う。それはとてもいいことだし、私はそういう人たちに対してありがとうと、感謝するときも少なくない。

しかしそういうこととは別に、未だにどうしても受け入れがたいこともあることも確かだ。こういうことはある個人に限ったことではなく、中国人の傾向として存在するものだから、文句をつけても、すぐにはどうしようもないことだ。でも、やはり文句を言わずにはいられないときもある。それは、中国人だから、ということではなく、人間としてとても失礼だと感じるとき。残念ながら、中国人にはそういうことを失礼だとかまったく思わない人が多いということは私や知人などの多くの人の経験からして事実だ。

ということで、今回のブログは中国人のそういうよくない部分に焦点を当ててみたいと思う。このブログを読む中国人にとってはあまり気分のよくないものかもしれないが、どこの国でも問題というのはある。しかし、これからの中国を経済面だけではなく、本当に世界から尊敬される国にしたいと思うなら、やはり中国人はいつまでも自己中心すぎる考えを持ち続けるわけにはいかない。経済面だけ台頭しても、諸外国はそこに住む国民のことを絶対に尊敬はしないのである。

現在、中国国民はオリンピック開催成功で、世界から認められたことに大きな誇りを抱いており、そしてこれは長年の悲願だった。それが達成された感無量の気持ちはよくわかる。これから中国はもっと素晴らしい超大国になるべく、みんなが前進しようとしている。その一人ひとりの想いは、国家としてのパワーにつながり、日本のアホ政治家とは雲泥の差の、頭脳明晰な中国国家首脳陣によって的確で柔軟な舵取りがされている。

たしかに今の中国はすごい。経済分野などの世界一記録は続々と中国が塗り替えている。アメリカも中国を押さえ込むのに必死のようだが、世界の国々が中国にお世話になる日もそう遠くはないのだろう。アメリカがゆっくりと終焉に向かっている今、アジアとアメリカが世界のリーダーとしての立場を交代しようとしている。もちろんドルは世界通貨なので、そうそう簡単にアメリカがダメになるわけではないが、すでにバトンは中国が持っていると言っても過言ではない。

次の世界のリーダーは中国だ。そうなることは以前から話題に上っていたことだが、近年の情勢を見ていれば、そうは認めたくない人たちも、少しずつ現実に目を向けざるを得ない状況になってきているはずだ。しかし、いくら中国が経済大国になり、世界のリーダーとしての役割を果たせることになっても、国民の意識が向上しなければ尊敬は勝ち取れない。その意識の部分を、私の身近な小さい出来事から紹介したいと思う。

ある日、人民広場近くを歩いてたら人だかりができていた。その中心には女性がうずくまっていてとても苦しそうにしている。50人以上は野次馬がいただろうか。しかし、誰も手を差し伸べる者はいない。警察が一人、無線でなにやら交信しているだけで、みんな心配そうな顔をしている感じもない。女性はお腹付近をおさえ、苦しそうだ。周囲にいる人たちの顔には、見せものでもみているかのような表情が浮かんでいた。

また、耳に入ってくる話はこのようなニュースに困らない。上海ではこれが普通であり、知った者でなければ率先して他人を助けるという雰囲気・文化は無いと言える。もちろん、ホームステイのときや、お店に行ったら親切に教えてくれたり、お世話をしてくれるが、それは助ける理由があるからだろう。

他の外国人の話や私の経験を客観的に見てみも、やはり中国人は相互扶助の精神というか、ヒューマニズムに欠けていることは否定できない。もし、中国人に日本人やその他外国人が考えるヒューマニズムがあるならば、前途のような出来事は起きない。ところが日常的とも言えるほど、中国人は他人に手を差し伸べることをしない。まさか中国には相互扶助という言葉は存在しないんじゃないかと思い、さっき辞書で「相互扶助」と調べたら出てきた。言葉はあってもそれは虚しい中国語。

中国人はもともと騎馬民族だ。その日の食べ物も貴重で、次の獲物にはいつありつけるかなどという保証などないから、そのときそのときが勝負だ。島国の日本人と違い、一定期間で次の場所へ移動する生活を繰り返す。他民族国家ということもあり、考え方が同じではない人間をそう簡単に信じるわけにはいかない。子供のころから、他人を信じてはいけないと親から教えられ育つ。当然、人を信じることができない人間になる。信じることの素晴らしさ、信じることで生み出される効果を知らない大人になる。

長きに渡る中国政府などの国民に対しての仕打ちは、政府というものは信用するものではないという思考が、確実に中国人のDNAに叩き込まれていった。中国人も信じることの大切さは、頭では理解しているはずだ。しかし彼らの現実の行動は違う。この1年ちょいの短い間だが、それでもそういう多くの現実を目にしたし、彼らの思考回路もだいたいわかってきた。外見は似ていても、中身はまったく違うのだ。

挨拶、信用、助けること、協力すること。中国人にこのことを聞くと、彼らはわかっていると言う。しかしその「わかっている」はずのその発言こそが中国人を象徴しているのだ。中国流のしかも自分だけの基準でわかっているだけであり、日本人やその他外国人から見たときには無礼で信用できない中国人がまだまだ多い。というか、厳しく言えば表面的には礼儀を感じさせる中国人でも、細かいところに悪い中国流が出ている。私の身近なところや知人の周囲で起きていること。これはつまり縮図であり、マクロに置き換えれば、世界がそう感じているということを真摯に受け止めなければ、中国人の真の悲願である「尊敬される国」には永久になることはできないだろう。

これを読んだ日本語堪能な中国人は、このようなブログ内容を中国を愛している人間があえて書いていることも覚えておいてほしい。がんばれ中国!!
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