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2009.02.08 (Sun)

本物の人間とは@上海

自分らしく生きるというのは、多くの人にとってとても大きなテーマであり、人生何歳になってもついてくるものだと思う。何をもって自分らしくというのか。それすらわからない人も多いんじゃないだろうか。自分が輝ける生き方を求めて四苦八苦していることも多いと思う。自分にとって何が正しくて何を求めているのか未だによくわからないなんていう人は、けっこう心理的に安定しない日々を送っているのだろう。

私はすでにいい歳だが、ようやく何かを掴みつつあるという感じだろうか。自分の中ではけっこう明確にわかってきたつもりもあるが、それでもこれから先まだまだ迷うこともあるだろうし、社会人としては新卒に毛が生えたくらいのものだと思う。社会人として自分が若輩者であるということは、やはり多くの先輩たちに接するとすぐにわかることだ。

先日は、上海で経営者クラス限定の飲み会に参加してきた。つまり、総経理や副総経理クラスだけしか参加できない会なのだが、だいたい40人くらいの参加があった。その中では、私がすでに知っている人が4人ほどいて、本当に上海の日本人ネットワークは狭いということを改めて感じた。

その参加者の方々の平均年齢は45歳くらいであり、私は一番若かった。いくら経営者と言っても、話の内容は色々だ。パチンコで負けた人間が、場末の居酒屋でストレス発散混じりで話すような内容ばかりしか口から出てこない人もいるし、かたや、人間的にとても参考になる話をしている人もいる。

誰でも常にまともなことを言うとは限らないし、常に真面目な話でも面白味がないだろう。でも、その人の口から出る言葉というのは、やはりその人自身であって、本人の姿をうかがい知ることができる。そういう意味でも、言葉というのはとても重要だ。聖書には「初めに言葉ありき」と書いてある。キリスト教では言葉は神でありイエス・キリストだとされているくらい大切なのだ。

だからと言って、私が喋るたびに神経を尖らせ言葉を選んでいるわけではない。そんなことをしていたら何も発言できなくなるだろう。だが、やはり言葉はすごく考えて言わなければいけないときもあることを学んだ。

私は会社の副総経理だから責任が重い。以前にも日本で会社経営というものをしたことがあるが、そのときの部下というのは3人ほどだったし、それも日本人だから扱いやすい。しかし、今の部下は15人くらいいるし、ほとんどが中国人だから極めて難しい。そういう環境で今のポジションを任されていることにやりがいと誇りも感じるし、実際仕事も楽しい。だが、外部に対する立場の重要性の認識が甘かった。

前途の会ではないが、別の飲み会でのこと。中国人でも知名度が高いが、日本人なら老いも若きも誰もが知っている大手企業の上海の総経理と話をしていたときのことだ。その方の企業に対して、大変失礼なことを言ってしまった。彼は私に対し、「話していることがクダラナイですよね。○○さんてその程度なんですか?残念だなぁ」と言った。そうなのだ。本当にクダラナイことを言っていたのだ。私としては、もちろん悪気も無いし、初対面だし会話を和ませようとしてとっさに言ったとなのだったのだが、それがいけなかった。

もしかしたら、相手が自分の会社に対して本気で取り組んでいない、もしくは、私のことを軽く見ている人ならそうはならなかったかもしれない。でも、彼は違った。自分の会社に本気であり、私に対しても真正面から相手をしてくれていたわけだ。そういう本物の人物に向かって、軽々しく変な冗談は言うものじゃないと痛感した。

正直言って、そう言われた直後には、なんだこの人は?という感じも抱いたことは否定しない。だが、それは私の自己中心的な考えであり、すぐに自分の失言に恥ずかしくなった。私のようなバカな人間には厳しい言葉が必要なのだろう。もちろん、その時にも謝ったが、その会の途中と解散のときにも謝罪とお礼を述べた。なんのお礼かというと、私のくだらない発言に対し、真摯に指摘をしてくれ、指導をしてくださったことに対してだ。

その会の解散のときに交わした会話の中で、私は「今日は本当に勉強させていただきました。」と言った。それから彼は私に「勉強してください」と笑顔で。その言葉には何の皮肉も無いし、その一言で十分だった。そういう人から言われる言葉には重みがある。彼が超有名企業の総経理だということは、その時点ですでに関係なくなっていた。

その方の度量には恐れ入った。人生において、こういう人に従事できる人間は幸せだろうと思う。仲間と集まって楽しくお喋りをしながら、愉快な時間を過ごすことはいつでもできることだ。誰でも軽い話はできる。今、日本で流行のゆるキャラ的な会話で敵を作らないでことなど難しいことじゃない。でも、そんなことは何の意味があるだろうか。意味など無いだろう。本気の交流というのは、こういうもんじゃないだろうか。熱い心の交流をさせていただいた上海の素晴らしい夜だった。


上海のとある裏路地。なんとも雰囲気のある場所でした。
上海のある裏道
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