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2009.02.02 (Mon)

ポジティブに生きること

ライブドアのブログコミュニティにて、「ポジティブに生きるには?」という題目でライブドアブロガーのコメントを募集していたのを見た。投稿を見ると、その意見は多様だったが、世の中にはポジティブに生きられないというか、頭ではわかっているけど行動に移せない人が多いということもそこに反映されていた。みんな当然のことながら自分の人生をよりよいものにしたいわけで、ポジティブという基本的な姿勢が大切だということを頭ではわかっているだけに、ポジティブに生きることに対して悩む人が多いのも納得だ。

話は少し違うが、私はキャバクラなら行ったことはあるけど、未だにクラブには行ったことがない。もちろん女性が隣に座ってお酒を飲むクラブのことだ。クラブというのは基本的にはキャバクラと似たようなものだが、それでいて1時間に5,000円とか1万円とかを払うことに興味を持てない。

日本のバブル全盛期のころはそれはそれはクラブが儲かったようだ。会社の金でクラブへ行き、思いっきり遊ぶ。接待と称し遊ぶ。今、そういうことばかりに呆けていた人たちは、そういう時代に甘んじていたつけを存分に味わっているところだと思う。楽しかったあの時代を、時に口癖のように話しながら・・・。

今、私はお金持ちでもなんでもないが、仮にお金が余っていたとしても、そういうお金の使い方にはまったく興味が無い。こういうことを言うと、実際にそういう立場になればあなたもそうするよ、と言う人もいるだろうが、まずそれはない。そうは言ってもこれからも行く可能性はあるが、それは知識欲という意味では行ってみるのも悪くないという程度だ。以前、日本にいたときなどは、自分の買いたいものをドカンと買っていなければ普通にそういうキャバクラとかクラブには毎日のように行けた。金はなくなるが・・・。

だが当時、大きな買い物をしたこともクラブに行くのも大して変わらない選択だったかもしれない。なぜなら、そのときはまだまだ先のことなんか考えていたようで考えていなかったからだ。いい年こいて親にも迷惑をかけたバカ息子だったと思う。若いときというのは、今考えると本当に勢いが先にたつ。今だって行動派を自負しているが、当時の私は考えることを伴った行動派ではなく、一人プチ過激派というくらいの、もう向こう見ずな人生を考えていた。

しかし、そういう時期があっからこそ、今のような少しはマシな考え方ができるようになったのであり、何も後悔していることなどないし、後悔するならやってしまえと常に思っている。その理由は人生は一度きりだからだ。私は魂は輪廻すると信じているが、意識レベルでの記憶までは持っていけないし、一つの人生は1回で終わりだからだ。だからこそ「一生」という文字には一つの人生、そして1回切りの生、という意味もあるのだと思う。

だから一生を生きる、というのは本気でやらないといけないことだと思う。本気というのは、毎日毎日死に物狂いで頑張るということが必要ということではないと思うが、少なくても毎日考えることが必要だ。考えない人生は生きるに値しないと誰かも言っていたしその通りだと思う。考えなければ周囲に流されっぱなしの毎日だろうし、それはそれでラクだろうが、そんな安直な人生からは何も生まれてきやしない。

流されないで生きるためにはどうすればいいのか。流されないというのは、いい意味で自分の生きたいように生きるということだ。ただ、毎日何もしないで、テキトーに仕事だけしてという人生でもいいという人も世の中にはけっこういると思う。仕事帰りにカラオケなどに行ってストレスを発散して、週末はただ遊んで終わる。それはそれで楽しいかもしれない。でも本当にそれだけでいいのだろうか。大いに疑問だ。

本人はいいと言うかもしれないが、心の中では何かを諦めているんじゃないだろうか。本当は何かやりたいことがあるんだが、それを心の奥にしまって悶々としている部分もあるんじゃないか。私は普通の人間だが、人と違って個性的な部分が強いらしく、ときに変態と呼ばれることもあるが、それはいいことだと思っている。特に日本においては人と違うことはいいことだからだ。かの小泉元首相も変態呼ばわりを歓迎していたフシがあるが、そういうことなんだ。言わせておけばいいし、人に迷惑をかけてないのなら個性的で片付けられることだ。

日本にいてもどこにいても、自分のやりたいことを実現していくのがいいんじゃないか。少なくても実家に住んでの親のすねかじりを卒業したら、そういうことに全力を注いでもいいと思う。もちろん、今現在すねかじり中の人だって、なるべく親に負担をかけず、そういうことを目指して進めばいいんだ。誰にでも自分の人生を決める権利とチカラがあるのだから。



上海の朝、フリーペーパー「時代報」を読む人々。これは地下鉄構内で専用係員付きで配布されている。係員がいる理由としては、「時代報」を取る人があまりに多いので、係員がいなければ喧嘩が起きたり、設置場所が乱雑になる可能性が大きいからだろう。いつも見る限り、地下鉄乗客の80~90%は読んでいる。新聞主体で広告収入を取る形になっている。日本ではこれだけ多くの人が読むフリーペーパーは無い。新聞のように広げているのがほぼすべて「時代報」。圧巻の光景・・・。
※本文と関係なし
時代報 地下鉄内で
00:08  |  未分類  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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