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2009.01.12 (Mon)

いつの時代も人間力

最近あまり遊んでいない。外大留学時代にはけっこう時間があったのでよく遊んでいた。遊ぶといってもクラブで踊ったり仲間と飲みに行ったりとかの類だからお金はそんなにかからない。でも、毎週のように日本料理を食べていたのでけっこう太ったから、この前に日本へ戻ったときには友達に「お前太ったな」と言われてしまった。今、少しは痩せたが、もっと引き締めないと以前のようにはならないだろう。

遊べるときに遊ぶことは誰でもできる。でも、遊べるときに勉強することって意外と難しい。私だってその口で、遊べるときには勉強は後回しになってしまうことも多い。でも、毎日必ず本を読んで色々なことを勉強するようにしている。そういうふうに本を読んでいると、やはり刺激になり、以前に自分がこうだと思っていたことでも、これはこういうふうに考えればいいのかとか、感覚ではわかっていたが、ちゃんと理解していなかった事象を噛み砕いて吸収できることも多い。本というのは、ときどきずれる自分の羅針盤を修正してくれ、新しい世界に導いてくれるものだと思う。

本が無くても人間は生きていけるだろうが、人間としてより豊かで建設的な日々を送りたいのなら、本というのは欠かせない存在だ。本は書いた人のある意味集大成的な知識と知恵が詰まっているものだから、それを1,000円とかの少しのお金で勉強できるというのは、これ以上に費用対効果の見込める投資もないだろう。人間てこうあるべきだな的な方向へ進みたいし本のおかげでもっても少しずつ進んでいると思う。人間の体力は年齢に比例して衰えていくが、人間の精神力というのは、鍛錬すれば年齢に比例して高くなる。ようするに伸びシロが無制限ということだ。

最近、本を読んでいて考えるのが孤高の存在。孤高の存在というとどういうイメージだろう。ある辞書によると、「孤独で一人超然としていること」とある。では超然とはどういうことか?だいたいわかるが辞書はなんと言っているのか気になったので、一応調べてみた。「世俗的な物事にこだわらず、そこから抜け出ているさま」とあった。なるほど、やはりそういうことか。

孤高の存在というのは、今の時代避けられている傾向が見られる。どちらかというと、今はみんなで争いなく、そして細かいこともできるだけ避けようとする傾向があるそ、簡単でかっこよく可愛いほうがいい。時代が求めるのだから仕方ないが、少なくとも日本では「本物」の時代ではないと思う。何が本物なのか?

色々表現はあるが、本物とは心だと思う。今の日本人はコミュニケーションがおかしくなってきている。他人と喋るときはそつのない会話に終始し、自分の本音を言わない人も多い。もちろん人によるが、自分と他人との距離をとりたく、その中間にある壁を乗り越えて向こう側に行く勇気がない、というかその方法を知らないのかもしれない。

壁というのは誰でもあるものだ。その壁のおかげで心ない人からの言動や、ショッキングな出来事から自分を防衛している。ただ単に他人を寄せ付けないだけの壁のことではない。人生の経験とともにその壁は厚みを増すが、柔軟性もあり、相手によって変化自在の壁だろう。その防衛力と攻撃力。それはすなわち人間力だろう。今は、その人間力が低い人が多くなっているようだ。一見すると上辺だけの社交辞令的な付き合いが上手い人はよくいる。だが、そんなことは誰でもできることだ。そういうことができるのは社会人としてある程度必要だが、それができるからといっても面白くもなんとも無い。そのうちソニーのアイボだってできるようになるだろう。

だから、本当の人間力というのはそれから先のことだ。友達になってからどんな交流ができるか?時間があるからといって、ただ飲みに行くだけ、ただ人数だけ多くでわいわい楽しい雰囲気ではしゃぐだけならいつでもできる。大切なのはそういうことじゃなくて、相手と真心の通った交流ができるかだと思う。そしてそれを自分の人生に反映できるかというところだ。

そういう姿勢のある人は、他人に対してあることないこと文句を言ったりしないし
一つひとつの出会いを大切にしようとする。だから一度知り合った人間とも意図的に縁を切ったりもせず、相手を理解しようとして長いスパンで付き合う。たまにそういう話も聞くが、縁を切るというのは、これからできるであろう自らの縁も切ってしまうということであり、これほどつまらないことも少ない。

そういうことを、実際に知り合った人からも学ばせてもらったし、人との付き合いが人生においてとても重要だということを中国に来てからも常に感じている。物事が簡単に済ますことは簡単だし、こだわらないこともすごく簡単なことだ。日本の風潮は今まさに「ゆるい」が受け入れられている時代であり、お笑いタレントなどのキャラクターを見ても「ゆるキャラ」というのが受けているし、なんでも軽く流せて笑い起こす人が好まれている。

そういう人たちも実は裏側では真面目だとか、よく考える人だとかいう考え方もあるだろうが、実はそうではないだろう。頭の回転はいいかもしれない。しかし、裏側でも真面目にがんばり、物事に対して誠意を持って真剣に取り組める人というのは、表側でもそれに反しない行動をするものだと思う。誰でもパーフェクトな人なんかいやしないし、私もよく失敗もするが、いつの時代もやはり人間力というのは一番大事な要素だと思う。

中国に来たことで、また一つ人間力の肥やしになる要素ができた。日本にいるときは外国人との接点は友達の中国人くらいだったが、こっちに来てからは多くの各地中国人と、その他外国人と話す機会がある。まだまだ未熟な私だが、とても自分のためになっている。やはり自分の環境を選ぶことは、国境ボーダーレスな今の時代、自分の成長を方向付ける重要な要素だ。

うだうだ悶々としたままで人生終わるのか?何かを掴みたいし進みたいけど、色々あって実行に移せない?そんなのは自分の行動に勇気と自信が持てないことに対しての言い訳に過ぎないんだ。中国じゃなくたってどこに行ったっていい。でも、自分の生きる道は自分で決める。人生を楽しく、そして実りあるものとしたいならば、これしかないんだと思う。最初の1歩、行動して踏み出そうじゃないか。
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